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大阪地方裁判所 昭和37年(む)257号 判決 1962年11月07日

被告人 芦田治長

決  定

(被請求人氏名略)

右の者に対する刑執行猶予言渡取消請求事件につき当裁判所は被請求人の意見を聴いた上次のとおり決定する。

主文

本件執行猶予言渡の取消請求はこれを棄却する。

理由

検察官の本件申立の要旨は被請求人芦田治長に対し昭和三十六年十月三日大阪地方裁判所で窃盗罪に因り懲役一年二年間刑執行猶予の判決言渡があり、右判決は同年同月十日確定したが右判決の確定時において刑の執行を終つた日から五年を経過していない左記前刑が発覚したから刑法第二十六条第三号により前記刑の執行猶予の言渡の取消しを請求するというにある。

(1)  昭和二十五年五月二十四日大阪簡易裁判所で窃盗罪に因り懲役十月(但し昭和二十七年政令第一一八号により懲役七月十五日に変更)に処せられ同判決は同年九月二十四日確定、

(2)  同年七月十九日大阪高等裁判所で同罪に因り懲役十月(但し前記政令により懲役九月に変更)に処せられ同判決は同年九月二十六日確定、

而して右(1)の刑は同年九月二十五日執行着手翌二十六年四月十四日刑執行停止、昭和三十六年十月六日刑執行停止取消となり同年十月六日残刑執行指揮が行はれ同年同月三十日執行終了、(2)の刑は同年同月三十一日執行に着手し昭和三十七年七月三十日執行を終了、

そこで審案するに本件執行猶予を言渡された前記窃盗被告事件記録によると被請求人は昭和二十三年七月十日大阪簡易裁判所において懲役一年六月に処せられたが同月十二日控訴の申立を為し右事件は控訴審に係属するに至つたがその後同年十月十三日病気を理由に保釈を許されたところ所在不明のため公判審理不可能の儘経過し漸くその所在が判明して昭和三十六年九月二十一日控訴審における第四回公判期日が開かれるに至つたこと、而して同公判期日において検察官より被請求人の前科を立証するため前科調書の取調べ請求が為されて居り同前科調書によると検察官主張の二つの前科が記載されているが刑の執行状況については何ら記載されていないこと、しかしこの点について被請求人は右各刑についてはいずれも服役を終り昭和二十六年に出所した旨供述していること、以上の各事実が認められる。そうすると被請求人に対する本件執行猶予の言渡前すでに検察官は勿論裁判所にも被請求人に二つの前科而も実刑の前科のあつたことは十分判つて居り唯その執行状況が明かでなかつたが被請求人の「昭和二十六年に服役を終つた」という供述を信じその後五年以上経過したものとして本件執行猶予の言渡が為されたものと認められる。ところが実際は未だその執行を受け終つていなかつたというのであるから右判決は執行猶予の無資格者に対し執行猶予を言渡した違法があるものといわなければならない。

検察官は右のような場合も執行猶予を取消し得るものとして本件請求が為された(その根拠を刑法第二十六条第三号に求めるものと解せられる)のであるが当裁判所はこれを消極に解するものである。すなわち、執行猶予の判決確定後にその判決言渡前他の罪につき禁錮以上の刑に処せられたことが発覚した場合は刑法第二十六条第三号により右執行猶予を取消し得ることは最高裁判所の認めるところ(昭和二十七年二月七日及び昭和三十三年二月十日の各決定参照)であるけれども本件はさきに認定したとおりこれと事案を異にし判決言渡前に前科のあることは十分判つて居り唯その刑の執行状況が明かでなく判決確定後に至つて未だ執行を受け終つていなかつたことが発覚したというのであるから刑法第二十六条第三号にいう「猶予ノ言渡前他ノ罪ニ付キ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコト発覚シタルトキ」に該当しないことは明かである。

また前掲前科調書によると刑の執行状況は記載されていないがもし被請求人の供述する如く昭和二十六年に執行を受け終つたとすれば減刑される筈もない(後記政令第一条参照)前科の各刑についていずれも昭和二十七年政令第百十八号により減軽された旨記載されて居りこの点から昭和二十六年には未だ執行を受け終つていなかつたであろうことが容易に看取されるばかりでなく、被請求人が病気を理由に保釈を許されてのち所在不明の儘十三年余も審理が中断され漸く昭和三十六年九月に至り公判が開かれるに至つた経緯からも被請求人の前記供述にはたやすく信用し難いものがあつたのである。検察官は勿論裁判所も当然これらの点に思いを致し刑の執行状況について調査を為すことにより容易にこれを明かにできた筈でありまた当然為すべきであつたと考えられるのにこれが調査を為さないで被請求人の供述をたやすく信用して執行猶予の言渡をしているのである。したがつて本件は本来刑法第二十六条の問題ではなく同法第二十五条の適用の誤まりの問題であるといい得る。しかるに判決確定後に至り実は刑の執行が終つていなかつたことが発覚したからと言つて刑法第二十六条によつて執行猶予の取消をするということは右の調査の遺漏の責任を被請求人に転稼する結果となるばかりでなく、確定判決の法令違反を無条件に是正するものであつて執行猶予取消制度の本旨にも悖るものというべきである。

よつて検察官の本件執行猶予取消の請求を失当として棄却すべきものとし主文のとおり決定する。

(裁判官 瓦谷末雄)

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